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神戸地方裁判所 昭和39年(モ)13号 判決 1964年6月06日

債権者 芦田正

債務者 陳振益

主文

昭和三九年(ヨ)第一号仮処分申請事件に付昭和三九年一月六日当裁判所の為した仮処分決定は之を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することが出来る。

債務者の本件仮処分決定に対する異議及び執行停止の申立は何れも之を却下する。

事実

債権者訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めその請求原因として(被保全権利並保全の必要性)

一、債権者は別紙目録<省略>記載の宅地(以下本件宅地と略称する)を債務者より昭和二七年三月一日より賃借していたが昭和三三年一月一日地代を一ケ月二七〇〇円毎月二八日翌月分前払とし、且存続期間を昭和三三年一月一日より二十年間と改めて賃貸借契約を締結した。而して債権者は右借地と、その接続地で債権者所有地に跨つて神戸市元町通二丁目八六番地の一、家屋番号八一番木造トタン葺モルタル塗二階建一棟(一階二十坪五一、二階五〇坪二一)の建物を所有し旅館八雲を経営していた、尚右建物の内本件借地上に建つている建物の部分は一階一坪七七、二階二六坪一六であり二階の部分の坪数が一階より遙かに大きいのは一階の部分は、第三者の建物が存在しているためで、従つて柱も別々になつていたものである。(添付図面点線で囲んだ部分が本件借地であり、同Aの部分が一、二階共使用し、Bの部分が二階のみ使用していたものである)

二、而して債権者は一ケ月も怠りなく右賃料を債務者に支払つて来ていた処昭和三十八年十二月二十一日夜火災による債権者所有の前記建物は全焼したそこで直ちに従前の建物を復元すべく借地の部分には別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)の建築にとりかゝり、柱も立て屋根も葺き壁を塗る段階に来たところ債務者は建築をしてはならないと言いがゝりをつけ実力で右建物内に入つて建築工事を妨害する行為に出た。

三、以上の如く債権者の有する借地権は右火災による建物滅失によつて消滅するものではない、債権者の正当な行為である建築を債務者が妨害するため右、宅地の賃借権及び建物の所有権に基きその排除を求めるべく本申請に及んだ旨陳述し債務者の主張に対し

四、本件宅地上に建つていた家屋(登記簿上家屋番号八一番の三木造鉄板葺二階建店舗一棟建坪一九、四三坪二階一七、九七坪となつている)は隣接する同所八六番地の一地上家屋(家屋番号八一番、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪一七、七五坪二階一四、七五坪)の一部であつて共に黄崇亮の所有であつたが、昭和二十六年二月六日小畑寅次郎が次で同年十月十二日高橋形が順次所有権を取得し、昭和二十七年三月二十二日、右家屋を八一番の建物と、八一番の二木造瓦葺平家建店舗一七、七五坪とに分割し、前者即八一番の家屋を債権者が高橋形より買受け所有権を取得した、その結果二階部分は八六番地の一の地上と六七番地の一及二の地上に跨がつて債権者の所有となつた。

そこで、右建物の敷地の所有者を高橋形と共に探していた処昭和二十九年に至つて債務者より債権者及高橋形に対し地代支払の要求があつたので、債務者に対し、権利金及び昭和二十七年に遡つて地代を支払つた、当時公正証書により本件土地の賃貸借契約を締結したのであるが、昭和三十一年に、右八一番地の一の宅地を競落により債権者が所有権を取得したとき測量の結果債務者より賃借している宅地の坪数が右契約の基礎になつた坪数より少いことが判明したので債務者との間に紛争を生じたが、昭和三十七年八月六日、第一項で述べた通りの賃貸借契約を締結した次第である。

旨附陳し、その余の債務者の主張は之を否認した。

債務者訴訟代理人は

神戸地方裁判所昭和三九年(ヨ)第一号不動産仮処分決定は之を取消す。

債権者の本件申請は之を却下する。

旨の裁判を求めその理由として

一、前記仮処分決定は昭和三十九年一月七日債務者に送達された。

二、別紙目録第二図の内Aの部分一坪七合七勺については債権者に賃貸したがその余のBの部分は賃貸してはいない、即ちBの部分の内二十三坪は陳秀江に、約三坪は高橋形に賃貸している、元来本件土地は東側約半分を含む宅地二八坪五八は債務者の所有地であり、西側半分を含む宅地二四坪五七は訴外石本美恵の所有地であるところ、この石本の部分を昭和二十一年夏頃債務者が賃借し、債務者の宅地と合せ、石本の承諾を得て訴外黄崇亮に賃貸した、黄は右土地一杯に木造鉄板葺二階建店舗一棟一階一九坪四三、二階一七坪九七を建築所有していたが未登記のまゝであつた、ところで黄は昭和二十五年頃中国へ帰国するにつき右建物を訴外陳秀江に売却し、同人は昭和三十一年十二月十六日附で自己名義に保存登記を為した、債権者は如何なる関係か不明であるが昭和三十二頃より右建物階上に居住したため、債権者、陳秀江間に訴訟となつたが確定判決を俟たず昭和三十八年十二月二十一日右秀江方からの失火にて全焼した。

三、前記債権者と陳秀江間に訴訟が起きるや陳秀江は二階の部分は債権者が使用してゐるから地代の半分は債権者に支払ふやうにして貰ひたいと申入れたので、債務者は、右両名の仲に入り地代は陳秀江が六分、債権者が四分と定め、債権者の地代を月二千七百円として昭和三十三年一月一日より支払を受けてゐる、債権者はこれにより、債務者との間に土地の賃貸借が成立したやうに主張してゐるが、土地はあくまで陳秀江に貸与し地代支払の方法として右の割合を定めたに過ぎない、従つて債権者に賃貸した土地は二階の昇降口になる一坪七七のみである。

債権者は現に二階部分のみを建築してゐるが焼残りの柱をそのまゝ支柱として二階を建てゝゐるで神戸市よりこのやうな建築は危険であるから建築を停止し建物を除去せよと命ぜられてゐるにも拘らず建築を進めてゐる、家屋の二階の借主が敷地を借用する必要はないし又同一の家屋の敷地を家屋の持主に賃貸し尚二階の居住者にも賃貸するが如き状態は到底考へることは出来ない。

四、依つて被保全権利を有しない債権者の本件仮処分申請は却下し、前記仮処分決定は取消さるべきものである

旨陳述した。証拠<省略>

理由

昭和三九年一月六日、当裁判所は債権者の申請に基き債務者に対し

「債務者は本件土地上に債権者が建築中の建物に立入つたり、その建築工事及び使用を妨害してはならず又第三者をして右行為をさせてはならない」

旨の仮処分決定を為し、右日附の翌日債務者に送達されたことは争ひがない。

右仮処分申請に於ける債権者の被保全権利である本件宅地上に関する借地権について、債務者は之を争ふので債権者の借地権の有無についてまづ判断をする。

一、本件土地については二階昇降口に当る一坪七合のみの賃貸借であつて、その余の部分は陳秀江に貸与し単に地代支払の方法を定めたものに過ぎないとの債務者の主張について。

成立に争ひのない甲第一号証乃至第四号証、甲第六号証第七号証、乙第二号証、債権者、債務者各本人の供述を綜合すると、次の事実が認められる。

本件土地上にあつた建物は、隣接する同所八六番地ノ一地上家屋番号八一番の建物と一体を為し、その一部を構成してゐたところ、昭和二十七年三月二十二日之を分割し八一番の家屋(木造瓦葺二階建店舗建坪一七・七五坪二階一四・七五坪)と、八一番の二(木造瓦葺平家建店舖一七・七五坪)として、高橋形より右八一番の家屋を三百三万円で買受けた、即本件土地に関しては、その二階部分のみが債権者の所有となつた、その後昭和二十九年頃債務者より地代の支払催告があつたので地代の額について話合ひの結果同年九月二日二階の部分の地代として月二千七百円(坪当り百円)と定め、同年八月末日迄の分を、権利金四万円と共に合計十万五千六百七十円を支払ひ、賃貸の条件として、借主(債権者)がその所有建物を売却する場合は貸主(債務者)の諒解を得ること、及び火災等にて家屋焼失の場合は契約期間の残存の分につき引きつゞき賃貸を認めること、と定めた、ところが昭和三十二年頃右八六番地の一宅地二五坪四合につき債権者が競落により所有権を取得した際に測量士に依頼して実測した結果、債務者より賃借した部分の坪数が約定より少い事が判明したため、地代の減額を申入れたが、中々話合ひがつかず、昭和三十七年八月六日に到り漸く一致を見、神戸地方法務局所属山崎敬義公証人役場に於て、別紙目録記載の通り

一、宅地(一階及び二階の部分)一坪七合

一、宅地(二階の部分)二十六坪につき

賃料は一ケ月坪当り二百五十円、合計二千七百円とし毎月二十八日翌月分前払いのこと

存続期間は昭和三十三年一月一日より向ふ二十ケ年間とすること

等の内容の賃貸借契約が成立した。

而して右の地代の定め方については、一階と二階の部分の各利用価値に従ひ、坪当り二百五十円の六割を一階部分の、その四割を二階部分の地代と定め一、二階賃借部分一坪七合については二百五十円の割合で計算することとなつた。

爾後右の割合の賃料を債権者は債務者に対し支払つていたが昭和三十八年十二月二十一日火災により右建物は一階部分も含めて全焼し、債権者は直ちに二階部分を復元すべく建築工事に着手したが債務者より右工事に対する妨害があつたので本件仮処分申請となり前述の如く仮処分決定が為されたものである、尚現在に於ては右建築工事は竣工し、債権者は同家屋に於て旅館業を経営している。

右認定に反する債務者本人の供述部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠は一つもない。

二、同一宅地を二重に賃貸するといふ事は不可能であるとの債務者の主張について

債務者は陳秀江が建物の所有者であつて同人に本件宅地を賃貸したのであるといふのであるが前記認定の通り二階部分は債権者の所有でありこの事は債務者自身の作成した甲第六号証に明記しているし、又賃料も地代として債権者から直接受取つているのであるから主張自体に矛盾があるが、言はんとする所は同一宅地を上下に重複して賃貸することは不合理であるとするもののようである。

同一建物であるが、一階と二階とが構造上不可分でない場合に各別の所有者が、その敷地に対する権利を共有にする事は不可能ではないし、(民法旧二〇八条は共用部分につき共有の推定を定めている)又裁判例の中には、「各区分所有者がその所有部分について賃借権を有し、たゞその範囲が上下に重なり合つているに過ぎないものと解するのが現行法の建前から見て妥当である」といふケース(東京地方昭三四、一〇、二一判決)もある。

本件の場合、その地代を階下の者と四分六に分けた点のみと見ると恰も賃借権の共有持分のようにも見えるが、二階は別の昇降口を使用して階下とは効用上も別個の建物となつて居り、昇降口の部分は別途に一坪七合の賃借権を設定しているのであるから共有と見ることは出来ない。若し共有であれば本件のように火災で焼失したような場合は、持分に従つて横断的に分割しなければならないような事態も生ずる、又右判例のような場合には、重複して賃借権が存在するといふのであるから何れも土地の賃貸借である事は疑ひなく従つて建物が存在している間は二階の所有者は階下の建物を用益の対象としてその建物を通じて土地を利用していることになるから、その建物が焼失したような場合は、独自の権利として二階部分のみを復元することは出来ないことになる、しかし本件の場合は、宅地上の二階の部分二十六坪の賃貸借であつて、たゞその容積(高さ、位置、大きさ)に於て多少明確を欠く憾はないでもないが、少くとも従前と同一の位置、大きさに関する限り階下の建物が存在すると否とに拘らず成立するものであつて、借地借家法案要綱に於ては之を部分借地権として認めようとしている。例えば屋上を通過する高速道路を建設するような場合、少くともその下に当る土地の所有権の一部を制限するものであるから地上権若くは借地権を設定しなければならないが、この場合にも土地上の空間に対する権利であつてその下部に建物が存在すると否とは拘りはない、たゞこの制度をとると高層建築などの場合技術的な障害を予想しなければならない。即ち各階が各別に復元することは不可能なので、こういふ場合は「建物の区分所有等に関する法律案要綱」の第十一の2にあるように「建物の価格の二分の一を超える部分が滅失した場合には各区分所有者は建物の再建につき協議をしなければならないものとし、その協議が成立しないときには各区分所有者は共用部分の分割を請求することが出来るものとすること」が必要になつてくる本件の場合は二階だけであつて、殊に昇降口部分は別に一階部分も賃借して居り、たゞ建築に際し支柱を建てるため一階部分の土地の一部を使用するに過ぎないのであるが、この点に関しては別に争つていないから、二階部分のみを従前と同一の位置、大きさに復元することについて何等妨ぐる所はない。

三、賃借期間の点について、甲第一号証(乙第二号証)には、その終了原因として建物の朽廃又は消滅を挙げているが、朽廃は兎も角火災による消滅が借地権の消滅原因にならない事は借地法第十一条及び幾多の裁判例により認められている所であつて本件もその例外ではない。

仍て、その余の判断を俟つ迄もなく本件異議並執行停止の申立は之を却下することとし、仮執行の点につき民事訴訟法第五四一条第二項、訴訟費用の点につき同法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

図<省略>

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